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うろうろプレイノート

2009-05-16

他人のアタマ

| 11:58 | 他人のアタマ - うろうろプレイノート を含むブックマーク はてなブックマーク - 他人のアタマ - うろうろプレイノート


 カルドセプトの考察テキストを読むことが好きです。


 ネットを始めたのは5年ほど前から。その折、一番最初に自分でアド

レスを打ち込んで訪れたサイトは「カルドセプト公式サイト」でした。

地方都市に住む私はそれまで、サターン版の頃からカルドはプレイして

いたものの家族以外に対人戦をする機会は持てず、カルドの情報には

“飢えて”いました。


 初めて公式サイトに行き、そこからリンクをたどってみると、大勢の

セプターさんが残された対戦レポートやカード・戦略の考察がありまし

た。「こんな世界があったのか……!」と、私は目からウロコが落ちる

ような心地で、とても感動しましたし興奮もしました。以来ずっと、

カルドの考察(対人戦レポートを含む)テキストを読み続けて現在に

至っています。

(テキスト好きが高じて、2006年に行われた「宇宙一リーグ レポート

大賞」にも投票してしまいました。んでもフタを開けてみたらば、リーグ

参加者以外のセプター投票したのは私ひとりだったみたいでヘンな汗

いっぱいかきましたけど……。※)


 ※→http://n-zephyr.hp.infoseek.co.jp/greatest_league/report_contest/rc02_award.html




 さて。


 私がカルドの考察テキストを楽しく拝読する、その一番の理由は「他人

のアタマの中身に触れることができる」だと思ってます。

 他セプターさんの発想の中には、私自身には無い、これからも出て来な

いだろう――と思われるものがたくさんあります。それがとても新鮮で、

できる限り取っておいて憶えておきたい。いつもそう思いながら読ませて

いただいてます。


 確かに、カルド考察に触れて自らも考えることでより深くカルドを知り、

楽しむこともできるようになる。そのことはもちろん嬉しいし、楽しい。

でもその楽しみと並んで、「他人を知る」という興味もまた深くあるの

です。


 他セプターさんが自分とは違った発想をし、プロセスを踏む。それは

その人のどのような思考の枠組み、あるいは感覚の反応によって成され

ているのだろうか? そこに自分とはどんな違いがあるのだろうか?

――ということを追求するのがとにかく面白い。

 面白くて、だからこそ対人戦がなかなかできない環境(家庭の事情っ

てヤツです)にあっても、カルドの考察を読むことは止められません。


 カルドセプトを通じて他人の思考や感覚に触れる。そのやり方は、一般

的には「他人のブックを回す」ことでしょう。もちろんそれも大事。でも、

書かれた言葉にはブックには表れない情報があります。言葉の使い方や

論理の立て方、あるいはちょっとしたつぶやきに見える心の揺らぎ……

そういったさまざまな記述をきっかけに「他人」を把握することが、私

には楽しい。また合ってもいるみたいだ、そう思っています。


 さらに。


 カルドとは直接関係のないこと(日常のひとコマだとか、何か小説を

読んだ時だとか、気持に響くニュース報道に触れた時だとか)に出会

った際に、ふと、

 ――ああ、あの時あの考察であのセプターさんが書いてた意味は、

こんなことだったのかなぁ――

 そう、思いがけなくつながってくるテキストがあります。とても数は

少ないけれど。


 直接関係のない遠くの何かと、でもつながってしまう。それは「普遍性」

と呼ばれる要素でしょう。

 カルドの話をしながら、カルドを超えた場所に行く。そういうテキスト

が私は一番好きです。


 これからもカルドのシリーズが続き、カルドの考察テキストも多くの方

に書き継がれてゆくことを、心の底から願っています。

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